相続部署の北と申します。
今回は、最近お問い合わせが増えている「売主が認知症になったときの不動産売買について」をテーマにお伝えします。
1.認知症になった売主は不動産売却ができるのか
「親が施設に入ることになったので、施設費用捻出のために実家を売却したいが、名義人である親が認知症なのですが・・・」という相談をお受けすることがよくあります。
認知症=売却ができない、ということは一概には言えません。
認知症にも進行の段階があったり、人によって症状が異なることがあるため、認知症=意思能力が欠けていると判断されるわけではありません。
不動産売買においては、下記の各時点での意思能力を確認する必要がありますので気を付ける必要がございます。
※本コラムで「認知症」という表現を使用する場合は意思能力が欠けている程度に進行した認知症であるという前提で使用させていただきます。
Ⅰ売買契約締結時点
Ⅱ不動産取引(残代金支払、不動産引渡し)時点
両時点において、売主様には、不動産を売却する「意思能力」が要求されます。
なお、不動産取引は、通常、次の流れで行われます。
①売買契約の締結(不動産売買契約書への押印、手付金の授受)
②売買契約履行の前提条件の履行(例えば、境界の復元・測量など)
③売買の実行(残代金の支払、物件の引渡し)
①売買契約の締結時には、通常、不動産会社(宅地建物取引士業)が売主様の意思確認をしますが、微妙なときには、不動産会社様からの要請よって司法書士がこのときにも意思確認をすることがございます。
③売買の実行時には、司法書士が意思確認をしますが、意思確認の対象は売主様ご本人です。
①の時点では意思能力がしっかりしていたが、③の時点では認知症などで意思能力が落ちてしまった場合、他の親族全員が売ることに「ゴーサイン」を出しても、司法書士は売却の登記を行なうことが出来ません。
2.成年後見制度について
不動産の所有者が認知症になり、意思能力がないと判断された場合は「成年後見制度」の利用を検討することになります。
成年後見制度は、認知症などで意思能力がなくなった人の保護と支援をするための制度です。
意思能力がなくなった人の保護と支援をする人を「成年後見人」、保護と支援をされる人を「成年被後見人」と言います。
成年後見人は被後見人の財産に対して代理権があります。
被後見人の同意がなくても財産の処分ができるため、成年後見制度を利用すれば、親が所有する不動産を売却できます。
成年後見制度を利用する流れについては以下の通りとなります。
Ⅰ 申し立て書類の取得
Ⅱ 家庭裁判所への申立て
Ⅲ 審判(成年後見人の選任)
Ⅳ 成年後見登記の完了
Ⅴ 後見事務の開始
家庭裁判所に申立てができるのは、本人の配偶者、四親等内の親族などに限られます。
それ以外の人の申立ては認められません。
また、成年後見人に選定されると、被後見人が意思能力を取り戻すか死亡するまで仕事が継続します。
なお、成年後見人は家庭裁判所が選任するため、後見人候補者を指定してもその希望どおりになるわけではありません。
成年後見制度を利用する場合、下記の点に注意が必要です。
・財産を自由に使えなくなる
・成年後見人への報酬が発生する
それぞれについて確認しておきましょう。
財産を自由に使えなくなる
成年後見制度では、財産を被後見人のために使うことが定められていますので、不動産を勝手に売却したり財産を使い込んだりするのは横領行為となり、業務上横領罪に問われるおそれがあります。
また、成年後見人は原則として1年に1回、家庭裁判所に被後見人の財産状況を下記の書類にまとめて提出しなければいけません。
後見等事務報告書
財産目録
預貯金通帳のコピー
本人収支表
成年後見人への報酬が発生する
成年後見制度を利用した場合、成年後見人に対して報酬が発生します。
報酬の目安は月額2~6万円程度です。管理する財産価格等を鑑み、家庭裁判所が報酬を決定します。
また、成年後見人が不動産の売却や訴訟といった複雑な仕事をした場合は、別途で報酬が発生することがあります。
成年後見人は、弁護士や司法書士に依頼することもできますが、報酬の支払いが発生すると被後見人に使える財産が少なくなるため注意しましょう。
3.後見制度による不動産売買
成年後見人が被後見人のご自宅不動産を売却する場合、家庭裁判所の許可が必要です。
成年後見人だけの判断で売却することはできませんので注意が必要です。
家庭裁判所の許可を得るには、「居住用不動産処分許可の申し立て」をする必要があります。
申し立てにより裁判所が審理を行い、本人のために必要性があると判断されれば売却が許可されます。ただし、申請しても必ず通るわけではないため、事前にしっかりと準備をしておく必要があります。
すなわち、裁判所の手続き等を踏まえると、認知症名義の不動産は現金化までには時間を要することになります。
4.認知症を患う前にできることは
(1) 任意後見制度
任意後見制度は、将来判断能力が不十分になったときに備えるための制度です。
依頼する本人が、任意後見人となる方と任意後見人にしてもらいたいことを決め「公正証書」で契約をします。
その後、本人が認知症を発症したなどで判断能力が低下してきたら、本人や配偶者などによる「任意後見監督人の選任申立て」によって家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、任意後見契約が効力を生じ、後見が開始されます。
(2) 家族信託
家族信託とは、信託契約書で設定した特定の目的に従って委託者が受託者に自分の資産管理や処分を任せ、受益者が信託から発生する利益を受ける制度です。
委託者の不動産は登記簿上受託者の所有となり、受託者は委託者の財産を管理・処分します。
信託契約書で不動産を処分する権限を受託者に与えておけば、受託者が目的に従って不動産を売却することができます。
認知症を発症する前に、不動産の所有者が委託者となり、自分の子供などを受託者として上記のような家族信託契約を結んでおけば、不動産の売り主が認知症になったとしても子供が不動産を売却することができるのです。
5.まとめ
認知症といっても症状や程度は様々です。
不動産を処分する可能性があるのであれば、お元気な今のうちに任意後見や家族信託などの対策をとっておくとよいでしょう。
もちろん、生前贈与でお子様に財産を移すのも一つでしょう。
生前対策は税の問題も密接に絡んでまいりますので、税理士・司法書士と一体になって進めることがよろしいかと思います。
リーガル・フェイスでは、提携税理士と一緒にご対策の検討も行っております。
ぜひお気軽にお問い合わせください。
千葉県勝浦市生まれ、東京育ち。平成17年に司法書士試験合格。不動産会社・金融関係の企業勤務を経て、相続関連の業務に携わりたいという想いから司法書士法人リーガル・フェイスに入社。主な資格は司法書士、宅地建物取引主任者、貸金業務取扱主任者。趣味は自宅で行うヨガ。好きな食べ物はリーフパイ、お好み焼き、酢めし、磯辺焼きなど。