こんにちは。リーガル・フェイスの西野でございます。
この士業コラムでは、これまで何回かに分けて遺言書の書き方や内容を扱わせていただきました。その中でいくつか「遺言執行者」という言葉が出てきたかと思います。
突然ですが、皆さんは「遺言執行者」というとどのような人を思い浮かべるでしょうか。
なんとなく“遺言書に書かれている遺言者(被相続人)の意志を実現するために手続をする人”と思い浮かぶでしょうか。
民法では、「遺言執行者」について下記のように条文上定められています。
第1012条
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺言の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
遺言執行者とはその名のとおり、遺言の内容を執行する人のことをいいます。
遺言者が遺言書の内容を実現するために特定の人物を遺言書の中で指定・選任します。
「未成年者及び破産者」以外なら誰でも遺言執行者になることができ、一人に限られず数人でも、銀行などの法人も指定することができます。
少し前になりますが、令和1年7月の民法改正にて、遺言執行者が行える範囲が明確に条文上規定され、遺言執行者の権限が拡大されました。
今回は民法改正によって遺言者が行える権限が拡大した部分を中心に、遺言執行者の立場と権限についてお話したいと思います。
目次
1.民法改正の背景
改正前
従来、遺言執行者は旧民法1015条で「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。」と規定があったように相続人の代理人という立場で、相続人の代わりに遺言執行を行っていました。
しかし、遺言が必ずしも相続人全員の希望通りの内容であるとは限りませんので、遺言執行者と相続人の利害が対立し、トラブルになってしまうケースもありました。
改正後
そこで遺言執行者の立場をより明文化し、遺言執行者としての立場ないしは被相続人の遺言内容をより守るようできたのが民法改正後の法律となります。
2.「遺言の内容を実現するための」遺言執行
改正前
先ほど遺言執行者の権利義務として、民法改正後の条文、第1012条をご紹介しましたが、民法改正前はどのような条文だったのでしょうか。
実は民法改正前は、「遺言の内容を実現するため」という最初の文言が抜けていました。
改正後
たった一文ですが、この一文が遺言執行者の職務は遺言の内容を実現することにあり必ずしも相続人の利益のために職務を行うものではないことが明確化されました。
また、民法改正前は「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす」という条文規定がある旨お話しましたが、改正後の民法にはこの条文規定が削除されました。
本来であれば、遺言作成者である「被相続人の遺言内容を実現するための執行者」ですから、相続人ではなく被相続人側の立場にあるべきです。
その本来あるべき姿である「相続人の代理人」としてではなく、「被相続人の代理人」として遺言執行者の立場を守り、より公正な遺言執行を行えるようになったのです。
そして、遺言執行者が行った執行手続きは改正後の民法1015条でそのまま相続人に対して直接効力を有するよう規定されています。
3.相続人への通知
第1007条
遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
改正前
改正前民法では、相続人が遺言執行者に対して、相当の期間内に就任を承諾すべきかどうか催告できる旨の規定のみがあり、遺言執行者から相続人に対して、就任及び実際に任務を開始する旨の通知の義務が明記されていませんでした。
改正後
しかし、令和1年度の民法改正により民法第1007条にて通知の義務が明文化されましたので、相続人が知らないうちに手続きが進んでいたというようなトラブルになりそうな懸念材料をなくしました。
4.遺言執行者の妨害禁止
遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないとされています(法第1013条第1項)。
よって法第1013条第1項の規定に違反していた行為は、無効となることを明確にしました。
ただし、これをもって善意の第三者に対抗することが出来ないとして、善意者保護規定を設けています。
また、これらの規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む)が相続財産についてその権利を行使することを妨げないとされています。
さらに相続債権者を含む相続人の債権者については、その適用がないことが明確化されました。この相続債権者等による相続財産についての権利行使としては、相続債権者等による差押え等の強制執行等が該当します。
5.遺言執行者の復任権
遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるとされ、遺言執行者についても、他の法定代理人と同様の要件で、復任権が認められました。
6.「相続させる」旨の遺言がある場合の遺言執行者の権限
改正前
改正前は後記判例などによって相続させる旨の遺言については、遺言執行の余地はないから、遺言執行者に相続登記を申請する代理権限はなく、当該相続人から申請すべきであるとの取扱いが示されていました。
相続人が遺言者(=被相続人)の死亡とともに相続で不動産の所有権を取得した場合、相続させる旨の遺言の法的性質につき
特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定と解するのが相当であり、かつ何らかの行為を要しないで被相続人の死亡の時に直ちに当該不動産は遺言で指定された相続人に相続により承継される
との判断を示したことを受けています。
相続させる旨の遺言は当然に相続人に承継されるわけだから、遺言執行者が遺言の執行として登記手続きをする義務を負う旨はないとの考えです。
従前の考えでいくと、このような「〇〇に相続させる」旨の遺言書の場合は、遺言執行者がいたとしても、司法書士は相続する相続人から委任状をもらい、相続登記を行っていました。
また「相続させる」旨の遺言による権利の移転は、法定相続分又は指定相続分の相続による場合とその本質において異なるものではないから、不動産を相続した相続人は、相続登記なくして第三者に対抗できていました。
改正後
改正後では、特定財産承継遺言(※遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継される旨の遺言)があった場合にも、
遺言執行者が対抗要件を具備するために必要な行為をできる
と定められました。
つまり、遺言執行者が相続登記を申請できることが明文化されたのです。
従来は「相続させる」という遺言がある場合でも、遺言執行者が相続登記を申請できなかったため、相続人が相続登記をしない限り放置されてしまうケースが多々ありました。
しかし今後は、遺言執行者がある場合には、相続人が相続登記を行わない場合でも遺言執行者が相続登記を行いますので、相続登記が放置されることはなくなります。
また改正相続法の施行後は、相続人であっても、法定相続分を超える権利取得については、対抗要件を備えないと第三者に対抗できなくなりました。
そこで、特定財産承継遺言により不動産を相続した相続人は、遅滞なく相続登記をする必要があるといえます。
7.遺言に基づく遺贈登記の必要書類(遺言書執行者がいる場合、いない場合)
遺贈とは、遺言者が遺言によって、その財産の全部又は一部を処分することをいいます。
遺贈は遺言によって行われるものである以上、「遺贈する」という文言のほか「贈与する」「寄付する」など無償で財産を譲渡する意思が示されていれば遺贈したものとみなされます。
法定相続人に対してもできますし、孫やお世話になった団体等にすることもできます。
遺贈登記の場合は、相続登記とは違い不動産を受取る方と遺言執行者または相続人全員で共同して申請する流れとなります。
通常の相続登記とは違い、少し複雑な部分もありますので、解説させていただきます。
※遺言に基づく相続登記に必要な書類とは違いがあるため注意が必要です。
①遺言執行者が選任されている場合
・遺言書
(自筆証書遺言の場合は検認済証明書を添付(※法務局保管制度を利用している場合は不要))
・登記済権利証または登記識別情報
・被相続人の戸籍謄本(死亡の記載があるもののみ)
・被相続人の住民票の除票または戸籍の除附票
・遺言執行者の印鑑証明書
・相続人の戸籍抄本(相続人が不動産を取得する場合)
・受遺者(不動産を取得する方)の住民票または戸籍の附票
・評価証明書(管轄法務局により添付不要の場合あり)
※ 家庭裁判所により遺言執行者が選任された場合は「遺言執行者選任審判書」
②遺言執行者が選任されていない場合
・遺言書
(自筆証書遺言の場合は検認済証明書を添付(※法務局保管制度を利用している場合は不要))
・登記済権利証または登記識別情報
・被相続人の戸籍謄本(死亡の記載があるもののみ)
・被相続人の住民票の除票または戸籍の除附票
・相続人全員の印鑑証明書
・相続人全員の戸籍抄本
・受遺者(不動産を取得する方)の住民票または戸籍の附票
・評価証明書(管轄法務局により添付不要の場合あり)
相続登記と大きく違う点は、被相続人が所持していた不動産の登記済権利証または登記識別情報通知が必要になってくる点になります。
登記済権利証等を紛失している場合には、代替措置がありますので弊所までご相談いただければと思います。
また、①と②の書類で、大きく違う部分は相続人全員が協力して行う必要があるか否かになります。
②の遺言執行者が選任されていない場合は、相続人全員が協力して手続きを行う必要がありますが、関係性によっては協力してもらえないケースもでてくるでしょう。
このようなケースになった場合には、遺言執行者の選任申立てを行い、①の添付資料を用意し登記を申請する流れとなります。
8.まとめ
これまでご紹介させていただいたように、民法改正後は、「遺言執行者」は相続人の顔色を窺わず、より中立公正な立場で遺言執行を行えるようになりました。
ただ裏を返せば、より公正・中立な立場で手続を行わなければならなくなったともいえます。
改正後も相続人や受遺者が遺言執行者となることは可能です。ただし財産を多く受け取った相続人や受遺者は、それ以外の相続人との間に利益相反が生じ「遺言執行者として適しているのか」「遺言執行者の立場として中立に業務を執行できるのか」ということが従来から問題点として議論されています。
遺言を残される人はそのことも念頭に置いて、遺言執行者をしっかりと決めることが公正な遺言執行の近道といえるでしょう。
遺言執行者を選ぶ場合は利害関係のない専門家や機関を選ぶこともぜひご検討ください。
大阪生まれ山梨育ち。「お客様から直接感謝の言葉を頂ける仕事がしてみたい」という思いから、令和2年司法書士法人リーガル・フェイスへ入社。現在は資格の取得を目指し、補助者として実務を学びながら試験勉強に励む。趣味は野球観戦(自身も野球部出身)で阪神ファン。好きな食べ物は酸っぱいもの(漬物やよっちゃんイカなど)、カレー、シュークリームなど。